「出版フリーランスの二つのチャレンジ」:『貧困と疲弊−女性労働のいま』青木書店 女性労働問題研究会編の文章を掲載
 はじめに
 二〇〇六年二月一六日に開かれた日本出版労働組合連合会(組合員数約七〇〇〇人、以下、出版労連と略す)の臨時大会では、〇六年春闘方針のひとつに「均等待遇の実現」を掲げた。「均等待遇」というと、男女間のそれを思い浮かべる方も多いと思うが、この春闘方針は、雇用形態の違いによる不平等の是正に重点がおかれている。
というのも、出版業界もご多分にもれず、非正規雇用労働者が増えている。それに伴い、正社員を中心とした労働組合の組合員数の減少に歯止めがかからないという事情もあり、非正規雇用労働者の組織化と待遇改善=均等待遇の実現という課題に本腰を入れることを決断したのだろう。
さらに、出版業界では、パート、契約社員、派遣社員といった雇用形態だけでなく、フリーランス、いわゆる「個人請負」という働き方をしている人たちがたくさんいる。ライター、イラストレーター、デザイナー、カメラマン、校正者のほか、フリー編集者もいる。ここ一、二年、請負労働者の問題がクローズアップされているが、出版関連のフリーランスの歴史、人数、出版物制作の過程に占める重要性(=依存度)は、他の産業のそれと比較しても際立ったものがあるのではないだろうか。
出版労連傘下には、こうしたフリーランスのユニオンである「ユニオン出版ネットワーク」(以下、出版ネッツと略す)がある。一九八七年に誕生し、現在の組合員数は二〇〇人弱である。この出版ネッツの活動や働きかけもあり、〇六年春闘では「均等待遇の実現」が課題に上ったのである。
出版のフリーランスは、法的には「個人事業主」であるが、その実態から見て、私は広い意味での「労働者」だと思う。しかし、雇用労働者とフリーランスとの「均等待遇」とは、どういうものなのか。それを実現するにはどういう道筋が必要なのか。出版労連としての取り組みはいま始まったばかりだが、本稿では、出版フリーランスの二つのチャレンジを紹介する。

出版業界の構造と現状
 その前に、出版業界の構造や現状を少し説明しておこう。
 本の制作過程(ソフト部分)は、「出版社(版元)―編集プロダクション―フリーランス」によって担われている。これを、私は「出版の三重構造」と呼んでいる。編集プロダクション(以下、編プロと略す)とは、編集実務を請け負う、出版社のアウトソーシング会社のことである。雑誌などでは編プロを使わず、出版社が直接フリーランスを使うことが多い。一方、ハード部分は「出版社―印刷所―製本会社」で担われているが、ここではこれについては触れない。
   日本経済全体は景気回復に向かっているといわれるが、出版業界は「出版不況」といわれる状況からの出口はいまだ見えない。二〇〇四年は出版の総売上が八年ぶりに対前年比で〇・七%上回り、返品率は三六・七%とやや改善したが、出版点数の増加に比して、売上は増えていない(出版労連「二〇〇六年度定期大会議案書」より)。一点あたりの販売部数の落ち込みを、新刊点数の増加で補うという悪循環の構図になっているのだ。
 多品種、少部数、低価格、しかも回転の速い(新書などは、いまや月刊誌並みの扱いである)出版を可能にしているものは何か。ひとつは、制作過程のIT化であり、もうひとつが、出版社の社員の長時間労働とフリーランスや編プロへの発注料金の引き下げ、つまり、働く人の労働環境の悪化によって成り立っているといえる。IT化は確かに制作時間を短縮したが、それは同時に働く者にとっては労働環境の変化ももたらした。フリーランスや編プロにとっては、IT化に対応するためにソフトウェアを買い揃えるなど、必要な設備が広がるという問題も出てきている。
   ともかく、依然として版元のコスト削減政策が進むなかで、編プロどうし、フリーランスどうし、あるいは編プロとフリーランスが低価格・短納期競争にさらされているというのが現状だ。版元が編プロに仕事を丸投げする傾向も強まり、編プロとフリーランスとの間でトラブルが多数発生していることも報告されている。

出版ネッツの挑戦――低価格競争に歯止めをかけるために
 先に紹介した出版ネッツは、フリーランサーのための職能ユニオンである。業界の動向や働き方の問題、料金・契約問題などについての情報交換を行ったり、言論や著作物に関する権利の勉強会、スキルアップのための講座なども開く。言論・出版・表現などの自由を守る運動も進めている。また、料金不払いなどのトラブル相談も行う。
 出版ネッツが二〇〇一年ごろから始めたのが、料金問題への取り組みである。料金問題プロジェクトを立ち上げ、料金調査を行っている。これまでにも、フリーランスなどを対象とした料金アンケートはとっているが、今回(二〇〇四年末より開始)は版元労働組合を対象とした調査で、版元労働者に、自分たちの職場で働いているフリーランスの実態把握をしてもらいたいという狙いもあった。そのことで、フリーランスを同じ働く仲間と認識し、料金や諸条件についても目を向けてもらうきっかけになればと思ったのである。
 残念ながら、有効回答数は非常に少なかった。現在、このアンケートのとりまとめを行っているところだが、すでに出版ネッツの会報「フォーラム」に連載された調査結果へのコメントの一部を紹介しよう。
◎ 経験を積んでも同じ料金なので、仕事を増やして収入を増やすしかない。そうなると、体力的にも無理のできる若いうちしかできない仕事になってしまう。(イラスト)
◎ DTP組版(文字組みをする作業)は、市場でのダンピングが増大している。容易に市場に参入できる敷居の低さが要因として挙げられるだろう。中国で行われているという例もある。(レイアウト・DTP組版)
◎ 個々の仕事料金の高低よりも、仕事のあるなしが最大の問題となる。低報酬でも働かないよりはマシと引き受けるケースが散見され、生活も筆も荒れて廃業を余儀なくされたライターは実在する。(執筆)
 ちなみに、フリーランスを対象としたアンケート調査(二〇〇五年一月現在)では、年収(売上)については、二〇〇万円前後が一番多く、四〇〇万円以下が六割となっている。フリーランスの場合は、自前で年金や健康保険を負担しているし、さらに経費などを考えに入れると、少なくとも雇用労働者の一・三倍は売上がないと、雇用労働者と同等の収入があるとはいえない。いかに、フリーランスが厳しい状況におかれているかがおわかりいただけるだろう。
 出版ネッツでは、低価格競争による料金下落を防ぐために、こうしたアンケート調査をもとに、職能に見合う料金相場を形成し、業界に定着させたいと考えている。だが、組織内においても、まだ十分なコンセンサスは取れていない。慎重派の代表的な意見は、「基準料金なり最低料金が公表されれば、それより高い料金で仕事をしている人が単価を引き下げられるのではないか」というものだ。
 しかし、自助努力だけでは仕事と生活を守ることができないのは明らかだ。市場の論理に規制をかけ、「力関係」(契約締結にあたっての不平等性)を変えることができるのは、ユニオンの力によってである。いま出版ネッツは、実態調査の結果を集約し、運動づくりのステップへと進もうとしているところだ。

ワーカーズコープアスランの挑戦――協同して仕事を創出するために
 出版フリーランスと編プロで働く人たちのもうひとつのチャレンジが、「ワーカーズコープアスラン」の取り組みである。ワーカーズコープアスランは、編集プロダクションでの五年半にわたる倒産争議を経て、二〇〇〇年五月に立ち上げた事業体で、私は、その理事長を務めている。
アスランを立ち上げた理由は、争議解決後、組合員がばらばらになってフリーランスになるのではなく、協同して仕事おこしをするほうがメリットがあるのではないかと考えたからだ。協同すれば、単に受注窓口が広がるだけでなく、お互いに仕事のやりくりをすることもできる。また、何かトラブルや問題に直面した場合にも、みんなで知恵と力を合わせて問題解決に向けて交渉することも可能ではないか、と考えた。
そこで、出版関連で働くフリーランスにも参加を呼びかけ、ネットワーク型のワーカーズコープを立ち上げた(詳しくは、ホームページを参照してほしい)。常勤組合員は五人で、仕事が発生するたびに同報メールでフリーランス組合員に呼びかけ、チームを組んで仕事をするというシステムだ。フリーランスにとっては、料金や制作物に関する権利などの問題も大切だが、仕事があるということ、仕事を創出するということも切実な問題である。
アスランでは、「協同すること」「シェアすること」、情報公開をし、「話し合って問題を解決すること」を基本にして仕事をしているが、実際には、順風満帆というわけではない。ネットワーク型にしたことは、緩やかにつながれるという面もあるが、「話し合って問題解決をする」という点では、さまざまなむずかしさを抱える。
だが、順調に組合員も増え、昨年からは、出版社を定年退職した、キャリアを持った人たちも参加してくれている。出版業界におけるオルタナティブな働き方の試みとして、ワーカーズコープアスランを地道に、自分たちの身の丈にあった組織として育てていきたいと思っている。
(『女性労働問題研究』の掲載文は縮小されたものです)