【寄稿】ワーカーズコープタクシー福岡の設立経過と現状
緒方 満 (ス自交総連福岡地連書記長/日本労協連理事)
早いもので、ワー力―ズコープタクシー福岡が開業して2年4ヶ月が過ぎました。たぶん、労協方式による日本で初めてのタクシー事業ではないかと思いますが、開業までのこと、開業から今日まで、現状と課題、職場の人たちの思いや今後の展望など、タクシー産業を取り巻く環境を交えながらお話します。
まず、なぜ労協方式によるタクシー会社を立ち上げようと思ったか、ですが、一つには、タクシー労働者の劣悪な労働条件と労働環境が「 規制緩和」 によってさらに悪化するであろうこと。次に、「 より良く働きたい」 「 自らの職業に誇りを持ちたい」 という素朴な感情からです。この2つは相関関係にあると思います。つまり、労働者の意識は、職業でその環境に大きく支配されているのではないか、と考えたからです。
多くのタクシー経営者はドライバーを車の部品やタイヤ並みの「 消耗品」 としか考えていません。「 夕コ部屋」 とまでは申しませんが、前時代的な労務管理(管理職はなせかヤクザ顔の人が多い)や刺激的な賃金体系が何十年も続いています。売り上げ至上主義、馬の鼻ヅラに人参ぶら下げて「 走れ、走れ」 と1年365日、尻を叩かれ続けていれば、どんなに倫理観の高い人でも「 タクシー運ちゃん」 的な職業意識が浸み込んでいきます。それが利用者の「 安全と安心」 を蝕んできたことは間違いありません。「 この現実を労働者が主体的に変えられるか」 「 地域住民に愛されるタクシーをめざそう」 。それこそがワーカーズコープタクシー福岡の設立の原点です。
出資金は一人当たり100万円が必要。しかも年収300万円以下がほとんどで食うや食わずの人たちに本当にできるんかいな。労働組合が目的・意識的に事業を立ち上げて問題は起きんのか。誰もがそう感じていました。一方、手応えもなくはありませんでした。1997年に自交総連大分地連が提起した「 ケアワークドライバー運動」 に触発されて、98年に「 みんなで2級ヘルパーの資格を」 と呼びかけたところ、約100人もの人たちが講座を受講しました。平均年齢50ウン歳のおじさん達がエプロンかけて実技に熱中する姿は、端から見たら一種異様な光景だったかもしれません。まだ、「 介護タクシー」 という言葉さえなかったころの話です。「 そうか、皆変わりたい、何とかしなければいけないと思っているんだ」 と実感した瞬間です。
事業開始までには、多くの難問を解決しなければなりませんでした。とりわけ、出資金の捻出が高いハードルとして立ちはだかりました。金融機関や身内から借り入れる人、仲間から援助を受ける人ほどなど、すべて自己責任でお願いしました。さらに、規制が緩和されたとはいえ、許認可事業としての要件が思いのほか高かったことなどです。しかし、それも役割を分担しながら一つひとつ越えていきました。
事業開始後も苦労しました。もともと労働組合の幹部は「 オレがオレが」 という人が多いのですが、これが悪い方に出ました。また、「 要求型の議論」 もしばらくは治まりませんでした。しかしそれも、昨年の総会で理事会体制や選挙規定、適正な事業計画や予算の確立、労働運動と事業の明確な分離を決めることによって、「 混乱」 は収拾しつつあります。何より、2年余という時間が仲間を融合させました。振り返る余裕もなかった2年余でしたが、やっと労協としての理念を追求するスタートラインに立てたと思っています。
2002年12月に車両15台45人で船出しましたが、現在は2営業所43台100人体制となり、多くの仲間を迎え入れました。一人ひとりの所得が低いことに変わりはありませんが、今年度(8月末決算)の事業高は3億円、営業利益は1000万円を予定しています。介護タクシーも地域に根付きつつあります。地域のお年寄りとの日帰り旅行や、餅つき大会には町内の子供たちを招待しました。「 Wコープタクシー」 は着実に地域に認知されつつあると実感しています。
この事業に対する一人ひとりの思いは様々だと思います。「 職場に来るのが楽しい」 「 もっと事業を多角化しよう」 「 次の営業所はどこにしようか」 「 競争に負けないよう体力を付けよう」 「 利益が出たら教育と地域還元、ステップアップのための資金やな」 。職場の話題は前へ前へと進みます。
言い忘れましたが、ワーカースコープタクシーのもう一つの目標は、夕クシー労働者に、法人タクシーではなく個人タクシーでもない「 第3の選択肢」 を提示することです。そのための全国組織「 自交労協連」 を立ち上げるべく準備中です。虐げられた労働、惰性の労働から脱却するために、自交労協がこの日本で花開くことが私の夢です。
―アスラン会報15号より